時々祖母のことを思い出します。
亡くなる前は少し認知症がはじまっていて、
早朝、まだ寝ている家族の携帯電話にかけまくっては
一人で部屋で寂しいという事を訴えたりしていました。
当時は母が介護に疲れていたので、
私は母の立場から祖母のそんな行動を迷惑だなあ、と思っていました。
観点のことを学んでからは、その思いが変化しました。
幼年期の環境が判断基準に及ぼす影響が大きいので
祖母の悲しい生い立ちからどんな判断基準ができたんだろう、と考えてみました。
するといつもいつも寂しかったけれど寂しい!と誰にももらせない我慢の子供時代
を送っていたであろう祖母が浮かんできました。
認知症は自制心を失っていくとも聞いたので
早朝のその行動は祖母の本音が出てしまったんでしょう。
でも生い立ちを考えれば当然そうなるよね、と納得なのです。
そうすると祖母に「頑張ってきたね。寂しかったね。」と声をかけてあげたかったな、
と今更思うのです。
観点を学ぶとどんな人のどんな行動も「なるほど」と思わざるを得なくなり、
相手が前よりも愛しい存在に思えてきます。
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